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♡鈴木理策写真展『意識の流れ』♡

チームドラゴンイベントの後、東京オペラシティーアートギャラリーに写真展見に行きました

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めちゃくちゃよかった!!

 

 

海とか、山のなかの池とか、水の飛沫とか水が景色をきれいに映すところや風に吹かれて歪んで映るところを、「人の目で見た通りに撮れてるな」ってのが第一印象(゜゜)

 

私は写真やってるけど、結局人の目で「見る」よりきれいな写真は無いなってずっと思ってて、

例えば、写真をインスタグラムで良い感じに加工しても目で「見た」ものより良い感じじゃない

記録用にスマホで撮ったもののイマイチさをごまかすための加工だし

インスタグラムは一番極端な例をあげたけど、それ以外でも作為的に演出入れた写真よりも、人の目で見ただけのもののほうが圧倒的に情報量が多い

すごくいい被写体が目に飛び込んできた時、その造形以外にも雰囲気、音、暖かった寒かった、光は柔らかかったか鋭かったか、風が吹いていたかとかの情報がなだれ込んでくるけど カメラを構えたり現像、プリントするとどうしても作為が入る 脳が干渉してくるっていうか…(゜-゜) 感じたことの一部だけを強調してしまったり、他のことを消してしまったり 写真にどれだけ手を加えても、手を加えた分だけ広がりはなくなってくっていうか、被写体と相対してそとらえたものが無くなって空間じゃなくなってどんどんただの平面になって最後はその写真に写ってる範囲の1㎝横すら存在しなくなる気がする( ・ั﹏・ั)難しい 写真は難しい いつも目にはかなわない

 

この日みた写真達は、目で見たきれいに思った対象を、そのまま持って来れてるのがすごいなって思った

そのままといっても、もちろん工夫とか技法の結果、被写体そのままの姿に近づけてるんだから適当に意図なくバシャバシャ撮ってるんじゃないんだけどね(゜゜)

私はきれいと思ったものはそのきれいさを再現するために、工程できれいにできるところを強調して作っちゃうからそのまま持ってくるみたいなことはできないな…

木の質感も、漏れてくる光も、鏡のような水面と水面を毛羽立たせるみたいな風も、目で見たら全てきれいで無駄なものはなくて、全部一気に飛び込んでくるから衝撃を受けるのに、私が構えたカメラを通すと多分鏡みたいな水面だけが強調されちゃうんだと思う

本当は全部きれいなのに、全部きれいなままに持ってくることはできない…

中判とか大判とかの情報量ロマンある~って憧れてるけど、そういうカメラを持ったところでバイアスの塊みたいな私じゃだめだろうな~

色々見て勉強してたくさん撮って、向き合ったものをまるごと写せる器・技量をみにつけないと

またやる気出た

やる気だけが有り余ってるなあ(笑)

 

 東京オペラシティアートギャラリーのページから引用

 

レンズの画角を知っているので、どこまで入るかというのはあらかじめわかります。そういう意味ではフレーミングしているかもしれませんが、ああ、いい風景だな、とか、いい光だなと思ったら、だいたいの場所にカメラを置いています。そこからカメラを動かしたりすると、これを入れたな、などということが画面にあらわれてしまうので、動かさない。こねくりまわさない。写真的な構図を考えない。考えないことを考えているんですよ(笑)。
私の写真はこう撮りたいというよりは、写ってしまったという写真ですよね。言い換えれば、写真を撮ることは自分の外にあるものを引き受けるということだと思っています。

 

目玉だけになる ─ カメラは目だけですからね。つまりカメラが目だけで存在しているということを言いたいのです。写真とはフォーカスを合わせて欲しいものを撮るようでありながら、そこにはズレがあります。実際の時間とズレるし、撮り手が必要としないものも写ります。ですから私たちがいかに必要なものだけを選びとり、見たいものだけを見ているかとういうことを写真によって知らせたい。欲しいものが写っている写真は撮り手が「必要だった」ということを語りますよね。でも「そうでなく写っている」写真。普通はダメな写真として不採用にするでしょうけれど、撮り方や構図を見るのが写真なのではなく、目的もなく撮られた写真に世界がある、世界が写るということが起こる。そのことを伝えたいのです。

 

 

当日はけっこう疲れててなかなか頭が追い付かなくて、一生懸命考えながら帰りの駅を歩いてたらさっき写真展来てましたよねって声かけられてモテない魔人としては乗っかるべきだったけど、一生懸命考えてたのを邪魔されたしさっきまで格闘家かっこいいモードだったしこのゴン格が目に入らぬかカメラオタク野郎って気持ちになって全部適当に返事して今から名古屋帰るんでって言ったら去ってった

 

名古屋で声かけてよ\(^o^)/笑

 

そして帰ってきてからイントロダクションとかインタビュー読んでかなり腑に落ちてきた!笑

インタビューは短いけど面白いから全文ここに貼り付けたいよ

前日から格闘技で浮かれてたから予習が足りてなかった~(笑)

あと、うつそうとしたんじゃなくうつっちゃった感じを撮ってる系の話は石川直樹もしてたって考えてたらなんと関連企画で二人の対談イベントがあった…!東京に住んでたらこいうのいっぱいいけていいなあ 

 

 

今でももしかしたら自分は無理やり納得してるのかもって思ってるからまだまだゆっくり考えたいけどひとまず

 

見たままの姿

そこにいたからとらえたきれいさ

本当に良いなって思う瞬間が何故か急に来て、たまにしか来ない理由は

普段見ようとしたものしか見ていない自分が時々目だけの人になれて、

いつもはシャットしてるものすごい量の情報が一気に流れ込んでくるから?

 

写真やってる期間の割には経験が浅くて、うすーい写真歴の私だけど、ある時から急に撮れる物を探すんじゃなくて、出会い頭の直感でシャッター切れるようになった感覚がある

写真続けてる中で、見たいもの以外も映る目に少しはなったんだと思う

写真はたいしてうまくなってないけど、目は良くなったと思う

 

最近ちょっと考えてたけど、カレンダーに使われるようなきれいな風景写真とかの見本と照らし合わせないと、何がきれいなのかどうきれいなのかわからない人っているなあって( ・ั﹏・ั)

でかけていって、見本とそっくりな写真を収穫してきて満足な人たくさんいる

おもにそういうのおじいちゃんカメラ愛好家だけど、たまにおじいちゃんでもすごい新鮮な目を持ってるんだなって人いるから私も将来そうなりたいなあ

 

きれいな物を見て感動する力がきっと人より強くなったし、見つけるのも(というより向こうから勝手に見つかりに来る感じ)うまくなったし、この感覚を大事にしたいな

それをフィルムに収める技術があれば最高なんだけど(笑)

 

鈴木理策写真展「意識の流れ」9月23日まで

激推しです 行ってね

東京オペラシティアートギャラリーのサイトにちょっと写真あがってるのでそれだけでも見てほしい~

現物のきれいさとはぜんぜんちがうけど良いから